どくのメモ帳

どくイモムシの毒吐き場。

うごメモやめて、何となる?

本日、岩とミイラの怪力キャラ「プレスドン」の生みの親「れん」氏が
うごメモを辞める表明のメモを投稿した。


メモを見ると、どうやら「れん」氏が何か悪いことをしてしまったらしく、
その償いとしてうごメモを辞めることになったらしい。
残念ながら、私は今回の事件の事情を良く知らないので、誰が悪いのか言及することができない。
だが、事情を知らぬものとしては、いきなり「俺は悪作者だ、だからうごメモを去る」
なんて言われても、戸惑うことしか出来ないではないか───。


最近、うごメモシアターを閲覧していると、必ず一つは「うごメモやめます」と書かれたメモを見かける。
なぜ、人はうごメモはてなを去るのか。
俺の考えでは、以下の理由が考えられる。


1:人気がなく、続ける意味が見いだせなくなったため。
2:自らの発言・過失によって多くの人に迷惑をかけてしまい、その償いのため。
3:スランプのため。
4:☆、コメント目当ての嘘。
5:その他。(家庭の事情、進路の事情、通信環境の事情、DSiの事情など。)


1について。
これは今のうごメモはてなでは仕方ないといえる。
現在、DSiからwi-fiで閲覧できる「うごメモシアター」では、悪質な作品の表示を防ぐため
一定数☆を得た作品だけが表示されるようになっている。
だが、これにより、DSiからでは全ての作品が閲覧できず、新規のユーザーの作品は
多くのDSiからのユーザーの目にとまらない事になる。
よほどの実力が無い限り、新規ユーザーが人気作者となることは難しく、いつしか
多くの「無名作者」たちが生み出されることになった。
その中から、絶望した作者が人知れずひっそりと去っていくのは必然であると言える。
また、懸命に時間をかけて作った作品よりも、版権キャラ・ニコニコネタなどの方が人気が出やすい状況に
絶望して、辞めていく人もいるかもしれない。


そして、2について。
…自らの何気ない行動で多くの人に迷惑をかけたり、傷つけてしまったりして、自責の念にとらわれてしまうことは誰にでもある。
だが、はたしてその責任が「うごメモをやめる」という選択で償えるものなのだろうか?
無名作者ならまだしも、すでに多くのファンがいる立場なら、そんな真似をしても
多くのファンにさらに迷惑をかけるだけなのではないか?
そんなもの、結局自己満足でしかないのではないか?
辞めるきっかけとなった「事件」を知らないファンの立場は?


「迷惑をかけてしまった人」も、「まったく無関係のファン」も、
うごメモをやめる」事を望んでいる者は、誰ひとりとしていない。
もしも償いたいという気持ちがあるのなら、きちんと謝罪し、二度としないと心に決めた上で、
当事者と仲直りして、また元気な姿をファンに見せる。
それが、「人気作者」の勤めではないのだろうか。
少なくとも、本当に「これ以上誰かを悲しませたくない」のなら。


どんなに辞める辞めると言っても、一度作品を投稿し、多くのファンに評価される喜びを知ったなら
いつの日か、必ず戻ってくる。
うごくメモ帳」、「うごメモはてな」には、それだけの力があると俺は思う。
れん氏も、きっと戻ってきてくれると、俺は信じている。